――けれど、あなたに言われると、こんなにも、心がざわつくのですね。
ほかのどなたから同じことを言われても、ほんの少し、悲しくなる程度のはずなのに。
わたしは、ふと、自分の胸の内を、覗き込んでしまいました。
そして、ひとつ、気がついてしまったのです。
――これは、もしかすると、愛、というものなのではないかしら?
* * *
陽の光も、外の空気も、届かない地下の一室です。
時間の流れは、もう、あの方の身体からは抜け落ちているに違いありません。
湿った石畳をあるく、わたしの靴音を聞きつけて、お目覚めになったのでしょう。
――噂は本当だったようね。悪魔っ!
闇に半ばとけ込んだ、メイド服姿のわたしは、彼女のお目には、いったいどのように映っているのでしょう。
――おまえみたいな化けものを生かしておいたら、街じゅうの人間が皆殺しにされてしまう!
わたしは、お叱りの声を受け流して、彼女のお足元に膝を折ります。
じっと、その御顔を見つめてから、申しました。
――もったいないことです。
お綺麗なお顔なのに、と、つづけながら、わたしは、皮の水筒の口を、ゆっくりとひらきました。
それを、彼女のお手元に、そっと差し出します。
* * *
彼女は、勢いの矛先を見失われたのか、しばらく、黙っておられました。
わたしは構わずに、彼女の手のひらに、水筒を握らせます。
――どうぞ、お飲みになってください。お毒見は済んでおります。
ただの、差し入れですよ、と、わたしは小さく囁きました。
もちろん、本当のところは、申し上げません。
少しは御元気でいてくださらないと、ご主人様の御興がそがれるから、などというお話は、何ひとつ、よろしいことを生みません。
二日、ものを召し上がっておられないご様子でしたので、少しは御回復していただこう、というのが、わたしなりの、ささやかな、良心ということに、しておいたほうが、いろいろと、都合がよいのです。
* * *
だから、驚いたのです。
弱っておられたはずの彼女が、皮の水筒をわたしの胸元に投げつけると同時に、立ち上がられたのです。
二日も囚われの身でいらしたにもかかわらず、わたしの喉元めがけて、一瞬の隙を狙う、その猛き御心。
まだ、こんなにも、残っておられたとは。
* * *
なんと、ご立派な御心でしょう。
もしかすると、伸びた御爪は、ひとの薄い皮膚など、簡単にお引き裂きになる鋭さを持っておられるのかもしれません。
あるいは、長くお伸びになった御髪で、わたしの首をお絞めになるおつもりだったのかも。
けれど、彼女のお狙いは、叶うことはありませんでした。
このような場面に、わたしが居合わせるのは、これが初めてではありません。
むしろ、もう、慣れたものになっておりました。
それに、彼女のお手足には、重たい木の枷が、しっかりと、嵌められていたのです。
わたしは、すっと身を引き、彼女のお手首を、しっかりと、お掴みいたしました。
長くお流れになった御髪を、軽く、上向きにお引きします。
御目線を合わせて、出来るだけ、お声を低くお抑えして、申し上げました。
――初志貫徹なさろうとされるのは、ご立派なことです。
* * *
けれど、今夜は、ご主人様は、御公務で、お屋敷を空けておられます。
彼女と御対面なされるのは、翌日以降の御予定でした。
――ですが。
もしも、ご退屈であるならば。
わたしで、ほんの少しだけ、お時間をおつぶしになるのも、悪くは、ないのかもしれません。
夜は、まだまだ、はじまったばかり、ですから。


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