――もはや技にて決を取らずば、不本意なる結末を見ましょう。
等々と語る御口調は、武家のものでした。
しかし、不幸なことに。
彼女が、いま、この椅子に座らされておられるのは。
* * *
武人としての名誉ある決闘の末、というわけでは、ありませんでした。
お屋敷の地下に、ふたつ並んだ椅子の片側に座らされた彼女のお召し物は、ご主人様が東方の商人から取り寄せた、見事な意匠の和装。
深い瑠璃色の地に、白く小さな花が散らされた、それは、それは、立派なお召し物です。
ご主人様は、向かいの椅子に深く腰かけられ、片肘をついて、ゆったりと彼女のお話を聞いておられます。
* * *
お話は、長く、つづきました。
彼女の故郷の山々のこと。
彼女の家のこと。
お父上のこと、お母上のこと、幼くして亡くなったというお姉さまのこと。
そして、彼女が、いかにして、武の道に身を投じることになったのか。
彼女の口調は、最後まで、武人のそれでした。
震えも、揺れも、見せませんでした。
けれど、わたしの目には、見えていたのです。
膝の上で組んでおられる彼女の御指の、ほんのわずかな、ふるえが。
* * *
――けれど、貴公子よ。
わたしには、彼女がご主人様のことを「貴公子」とお呼びになるのが、奇妙に思えて、なりませんでした。
ご主人様は、貴公子と呼ばれるような身分ではありません。
領主、ではいらっしゃるけれど、貴族ではない。
それでも、彼女は、ご主人様に向かって、丁重に、貴公子と、お呼びになりつづけられました。
――もはや技にて決を取らずば、不本意なる結末を見ましょう。
ふたたび、同じ御言葉が、彼女の口から繰り返されました。
* * *
ご主人様は、わずかに口の端を上げて、お答えになります。
――よろしい。
それは、武人と武人の、決闘の合意の言葉に、聞こえました。
聞こえはしました、けれど。
彼女には、武器がありませんでした。
御手も、御足も、お屋敷の御用達の鎖で、椅子に縛り付けられたまま。
ご主人様の合意の御言葉は、ですから、実態としては、何の意味も持っていなかったのです。
それでも、ご主人様は、合意なさいました。
それでも、彼女は、合意を、受け取られました。
* * *
不思議です。
人間というものは、形を、なにより、大切にする生き物なのかもしれません。
わたしは、ご主人様の御指示のとおりに、彼女の和装の帯を、ゆっくりと、ほどく作業を、始めました。
帯をほどく、というのは、本来は、お休みになる前の、ささやかな、儀礼なのだと、思います。
今、わたしのしていることは、その儀礼の、形だけを、お借りしたものに過ぎません。
* * *
帯がほどけました。
彼女の御身体から、深い瑠璃色のお召し物が、ゆっくりと、すべり落ちました。
彼女は、最後まで、武人の御顔を、崩されませんでした。
それは、まことに、ご立派なことだと、わたしには、思えたのです。


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