――よくご覧なさい。これが、あなたが残す、たったひとつの形です。
* * *
ご主人様のお声が、ひと言、ホールの空気を冷やしました。
舞台、と呼ばれている、お屋敷の南棟の小さな間。
本来は寄せ集めの椅子と譜面台の置き場でしかなかったこの部屋に、わたしが先ほど布を掛け終えたばかりの台が、ひとつ。
膝の高さほどの、ささやかな板敷きです。
照明はと言えば、両脇に置かれた燭台がふたつ。
その板の上に、今夜の『お友だち』は、お行儀よく座らされていました。
ご主人様の御指示のとおりに、両手を膝の上に揃え、背筋を伸ばし、顎をわずかに上げて。
お友だちのお顔は、すでに表情らしい表情を、見せておりません。
わたしには、それが、彼女にとっての精一杯の抵抗なのかな、と、思えました。
* * *
――いいかい。
ご主人様は、いつもどおりの穏やかな口調でつづけられます。
――お前は、これから、形になる。
――形のないものは、何ひとつ、残らない。
――けれどお前は、こうして、形を与えられる。だから、お前は、残る。
――よろこびなさい、これが、お前の、最後の姿なのだから。
わたしは、お友だちの背筋が、ほんの一瞬、ぴくりと、揺れたのを見ました。
よろこびに、ふるえたのか。
おそれに、ふるえたのか。
わたしには、まだ、判別がつきません。
* * *
舞台というものは、面白いものです。
本来は、芝居や音楽を披露するための場所でしょう。
喝采を浴び、花束を受け、人々の記憶に残る。
そのための、舞台。
けれど、ここでは、舞台は別の意味を持っています。
飾られた人形が、永遠にその場所に留まり、お客さまの目に晒される。
舞台というものは、つまり、そこに置かれたものを『何か』に変えてしまう装置なのだなあ、と、わたしは思います。
* * *
ご主人様が、わたしのほうを、ちらりと、御覧になりました。
わたしは、お辞儀をひとつして、傍らに用意しておいた小さな箱を、お友だちの足元に置きました。
その箱の中身については、ここでは申し上げないことに、しておきます。
ただ、箱の蓋が開かれたとき、お友だちの目の奥に、初めて、はっきりとした感情が、灯ったことだけは、書き残しておきます。
恐怖、ではありません。
おそらく、安堵、でした。
――やっと、終わるのですね。
そう、声にならない声で、彼女は、つぶやかれたように、わたしには、見えました。
* * *
ご主人様は、ふっと、目を細めて、ご機嫌な微笑を浮かべられます。
今夜の舞台は、つつがなく、お幕を迎えるのでしょう。
わたしは、燭台の蝋燭を、ひとつだけ、ふっと、吹き消しました。
舞台の片側が、暗くなりました。
お友だちのお顔の半分が、闇に沈みました。
――きれいだね。
ご主人様の御言葉に、わたしは、はい、と、お答えします。
――きれいです、ご主人様。
本当に、わたしには、そう、見えたのです。


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