うつむいたまま頬を染める少女に、わたしは、ひっそりと申し上げました。
――もう、ご自分のお身体に、ご自身では触れられなくなりましたね、と。
* * *
その少女は、今朝、お屋敷に着いたばかりでした。
ご主人様の御指示で、お風呂のお世話を、わたしが、いたしました。
御身体をきれいに洗い、髪を結い、ご主人様の御用意なされた絹のお衣装に、お着替えいただきました。
わたしの仕事は、お着替えが終わったところで、終わりではないのです。
* * *
ご主人様の御用意なされたお品のなかには、絹のお衣装のほかに、ひとつ、小さな金属のお品がございました。
銀で出来ているのだ、と、トトノさんがおっしゃっておられました。
銀のお品、と申しましても、装身具では、ありません。
お風呂上がりの少女の御身体に、わたしが、その小さなお品を、お着けする作業がありました。
少女は、最初は、それが何のためのものなのか、ご理解になっていらっしゃらないご様子でした。
わたしが、丁寧に、それの仕組みをお説明申し上げますと、少女のお顔は、すうっと、青ざめてゆきました。
それから、すぐに、赤くなられました。
* * *
――どうして。
小さな小さな声で、少女は、お尋ねになりました。
――どうして、こんなものを、わたしに。
わたしは、答えるべき言葉を、持ち合わせておりませんでした。
答えは、ご主人様だけが、ご存じです。
わたしには、ご主人様の御意志を、お伝えする役目しか、ありません。
――どうしてかは、わたしには、わかりません。
――ただ、これは、ご主人様の御指示ですから。
――どうか、ご辛抱なさってください。
* * *
少女は、しばらく、おうつむきになっておられました。
それから、おもむろに、お顔を上げて、わたしの目を、まっすぐにご覧になりました。
その目には、もう、先ほどの戸惑いの色は、ありませんでした。
代わりに、ある種の、覚悟、のようなものが、宿っていました。
――わかりました。
――でも、ひとつだけ、聞いてもよろしいですか。
――鍵は、どこにあるのですか。
* * *
わたしは、銀のお品の鍵を、ご主人様にお渡しいたしました。
ご主人様は、その鍵を、御自身の懐の、いつもの場所に、お納めになりました。
――鍵は、ご主人様が、お持ちになっています。
わたしのお答えに、少女は、ふたたび、おうつむきになりました。
赤らんでおられたお顔は、もう、赤くは、ありませんでした。
代わりに、なにか、もっと、深い色を、たたえておられました。
わたしは、その色に、名前をつけることが、できません。
あきらめ、でも、ないようですし、絶望、でも、ない。
何かを、受け入れた、というのとも、すこし、違うようでした。
* * *
ただ、ひとつだけ、わたしには、わかったことが、あります。
これから先、少女は、ご自分の御身体について、ご自分で決めることは、お出来になりません。
それを、いま、はっきりと、御自身でも、お悟りになったのだと、思います。
――もう、ご自分のお身体に、ご自身では触れられなくなりましたね。
わたしは、ひっそりと、もう一度、申し上げました。
少女は、何もお答えになりません。
ただ、深く、深く、おうつむきになっておられるだけでした。


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