人間は集団に紛れることで、どこまででも残酷になれるのだそうです。
厳しい戒律のもと、研鑽を積んだ徳のある騎士様型。
どのような狼藉を行えば、はるか東方からの黒い噂がわたしの耳まで届くことになるのでしょう。
疑念は尽きません……。
* * *
――ほとほと愛想が尽きたのさ。
そういってご主人様の元を訪ねてきたのは、エリートと言って差し支えのない、ブラジウス教会の守護騎士様でした。
友だちが欲しいとご主人様にわがままを言ったのが数日前。
わたしの預かり知らぬところで、わたしのお友だち『候補』を『募集』するという立て看板が領地のあらゆるところに立ったというのです。
それをみて訪ねてこられた方が何名いらっしゃるかわかりませんが、とかくわたしの元にひとりふたり、ご挨拶(というなの面接)をすることになったのです。
そのうちのおひとりが、目の前で少し疲れた顔をなされた守護騎士様でした。
* * *
――あなたも、私が怖いかい?
守護騎士様は、少々斜に構えたような、あるいは試すように、威圧なさいます。
笑みが攻撃の一種であるという、学者様の一説を腹落ちさせてくれるような、獰猛な笑みです。
ブラジウス教会の守護騎士様。
聖地奪還を謳い文句に、諸々の諸侯からの『援助』を受け、聖戦に赴いた騎士様方。
清貧の象徴であり、畏怖の対象であり、聖地奪還の希望の担い手である方々。
異国の地を踏み、敵を蹂躙すると共に。
わたしには到底想像など出来ないような、遠征にともなう『意義のある苦難』と共にブラジウス教会圏の拡大の一助となった方々。
絢爛豪華な言葉からわかりやすく演出された、正義の味方。
その名に相応しい、力のある方がわたしの目の前に座っていらっしゃる事態に、いち領民として、背筋が伸びる気がします。
ですが、まあ。
守護騎士様の気持ちもわからなくもありません。
何せ、表立ってはいませんが、ちょっと口にし難い妙な話がまことしやかに噂されているからです。
* * *
人間は集団に紛れることで、どこまででも残酷になれるのだそうです。
顔を隠し、集団に紛れ、大義を掲げると、人間は個としてではなく、集団としてどこまでも酷い事をできるようになるそうです。
それこそ、噂のように、親の目の前で彼らの子どもを……。
トトノさんから聞いた話ですので、話半分に聞いておく必要があるのですけれど。
とかく。
わたしは今まさに、この誰でもところ構わず取って食ってしまいそうなこの騎士様を雇うか否か……失礼、お友だちとして迎え入れるか否かを決断することを求められる立場にあるのです。
どんなお話をすればいいのでしょう?
ヒトの生活を左右する決断など、一介の使用人であるわたしには荷が重すぎる話です。
* * *
でも、しばらく会話を重ねているうちに、だんだんと騎士様の事がわかってきました。
何が、と言われると言葉にできないのですが。
足を組み替えてみるちょっとした仕草とか、お出ししたジュースを美味しそうに飲むところや、わたしの顔をちらちらとうかがう様子とかを総合すると。
彼女は、獅子ではなく、小リスなんじゃないかなあ、と思うようになったのです。
怯える、小さな生きモノのように感じられてならないのです。
俺は甘くないぞ、危険で厄介で、簡単に手を出したら怪我をするぞ、と威嚇する小リスさん。
毛を逆立てて、めいいっぱい警戒する様は、きっと、辛い遠征から凱旋できたにもかかわらず、冷たい扱いを受けてしまったことが原因なのでしょう。
それがわかった瞬間、つまりは、強面の騎士様と警戒する愛らしい小リスの姿が重なった瞬間。
わたしは彼女を『友だちにする』事に決めました。
まあ、友だちにしていただく、という表現の方が、限りなく現実に即しているとは思いますが。
最近、わたしの事を怖がる方が増えていて、内心、さみしく思っていたところです。
わたしは偉くもなんともないただの使用人で、誰を『いじめる』か選べるわけではありません。
確かに事実として、ご主人様と過ごす時間は誰よりも長いですし、最近のご主人様は不思議なほどにわたしの意見を聞いてくださいます。
なので、わたしの感情はともかくとして、ヒトを『いじめる』お手伝いをするわたしを怖がることは、無理のないことだと思わないでもありません。
まあ、結果として、小リスのような騎士様と『お友だち』になれるわけですから、決して悪いことばかりではないと思うことにしようと思います。
わたしは、彼女を見つめて気持ちを伝えることにしました。
微笑を浮かべる自分自身を興味深く感じながら。
お友だちになりましょう、と。


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